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2009年04月15日

Multiengine

サンノゼ郊外のReid Hill View(リードヒルビュー)空港に来ています。
本日、多発飛行機(Multiengine)のチェックライドに合格しました。
試験会場はReid Hill Viewから70マイルほどのところにある、風光明媚なCalaveras(キャラヴェラス)。山並みの間にある小高い丘の空港です。
風が強い日でしたが、おかげさまでチェックライドは順調に終了。今後のRatings and Limitationsは「Airplane Single and Multiengine Land」となります。
Reid Hill Viewに帰ってからは、他の生徒さんたちと同じように水かけ儀式をいただきました(ゴミバケツをかき集めて、次々と合格者に満杯の水を浴びせかける)。

最初の写真はReid Hill View空港、二枚目の写真はCalaveras空港。
写っているのは訓練に使用したパイパーセミノール。エンジンがふたつついているのでMultiengineなのです。セスナ172などは鼻の先にエンジンがひとつついているだけなので、Single engineという別のクラス。だからMultiengineを操縦するには次の段階の免許が必要なのですね。

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posted by 瀬名秀明 at 13:20| 飛行機の話 | 更新情報をチェックする

2008年08月30日

沖縄を飛ぶ

8月20日と21日、那覇近辺を飛んできました。パイロット免許を日本に書き換えて初めての飛行です。
「モノー博士の島」の舞台にほど近い慶良間諸島へ。そして沖縄島の東海岸沿いを往復。民間や防衛省の飛行機を待たせたままちっちゃな飛行機で那覇空港に降りてゆくのは、ちょっと他では体験できません。
民間のジェット旅客機と国家防衛の飛行機がひとつの視野の中に並んでいるのも那覇空港ならではの光景。

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posted by 瀬名秀明 at 20:02| 飛行機の話 | 更新情報をチェックする

2008年02月21日

AT-6 Texanに乗る!

アメリカのダラス近郊に行ってきました。今回はAddisonという町にあるClass Dの空港で、ふたつの目的を達成。
まずは現地のAmerican Flyersでセスナ172をレンタルしてダラス上空を自分で飛ぶこと。それからAddison空港に隣接されている「Cavanaugh Flight Museum」で、第二次大戦中の練習機に乗ること。実はこのAddison、2年前に学科試験を受けた場所でもあります。こうして無事にパイロット免許を持って再訪できるのは何とも感慨深い。

長篇小説『大空のドロテ』の取材も兼ねて、本当は複葉機のN2S-4 Stearmanに乗ってみたかったんですが、あいにく点検中とのこと。では同じオープンコクピットの練習機でPT-19 Cornellを予約しましたが、当日は嵐が過ぎ去った直後で気温も低く、とてもオープンコクピットは無理との話。そこで第二次大戦中に戦闘機パイロットの練習機として名を馳せたAT-6 Texanに乗ってみました。まあたぶんあと10年もすれば飛べる飛行機自体が少なくなるはずで、かなり貴重な体験です。

こちらは後部のコクピットに乗るだけで、操縦桿もラダーペダルもすべて取り払われているので、さすがに自分で操縦することはできませんでしたが、それでも大満足。雲が3500フィートくらいまで降りてきている状況なので、ほとんど上昇できず反転飛行は無理でしたが、パイロットのケヴィンはこちらもプライベートパイロットだということで遠慮せずスティープ・ターンやダイヴをばんばんやってくれました。
最後に披露してくれたのはオーバーヘッド360という往年の着陸技。滑走路の上空までフラップを下ろさずに入り、スロットルを絞って「ワン、ツー、スリー」と数え、そこから右へ360度の急旋回をします。その下降を使ってそのまま滑走路に降りるという方法で、体験したのは今回が初めて。かつてエンジン故障が多かった時代の飛行機がよく使った着陸方法だそうです。

その後、セスナ172でゆったりとダラス遊覧飛行。この場所は慣れないので、隣にインストラクターに座ってもらい、ラジオコミュニケーションは彼に任せて、こちらは操縦に集中しました。ややクロスウィンドでしたが、着陸も上々で何度か誉められました。わはは。

ということでやはり複葉機に乗りたいのだが、うーむ、どこかで乗せてくれるミュージアムはないだろうか?
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posted by 瀬名秀明 at 00:02 | TrackBack(0) | 飛行機の話 | 更新情報をチェックする

2007年12月17日

Niner One Five

再びロスアンゼルス郊外で飛行訓練をしてきました。今回の目的は、管制塔とのラジオコミュニケーション能力の向上。免許取得から1年経って、かなり忘れていることに我ながら愕然。飛行機を操縦しながら、顔の見えない相手とてきぱき英語で連絡し合うのはかなり難しくて、多くの日本人アマチュアパイロットが苦手とするところ。
とりあえず今回はロスアンゼルスで映画監督修行中の堺三保さんと周遊するのをミッションと定め、サンタモニカ(Class D空港)辺りでそれなりにきちんと飛べることを目指しました。
とはいえロスアンゼルス国際空港近辺は、アメリカでもっとも入り組んだ空域のひとつ。タワーやアプローチの人たちも凄まじい早口です。しかもこちらの機体番号「Cessna one two niner one five」を聞き取ってもらえないとはショック。よほど気をつけて発音しないとアプローチに通じません。
「Oneは口を開けていうな、最後に上下の歯で舌を挟め」と、同じフライトスクールの人に諭されました。この歳でまさかOneの発音について人様からレクチャーされようとはね……。
帰国の飛行機内では、ずっとジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』を読み耽る。実は初のル・カレ。おもしれー。なんかコンラッドとかシムノンとか吉田健一とか、30歳代後半に入ってからがぜん男の文学に目覚めています。
posted by 瀬名秀明 at 10:35 | TrackBack(0) | 飛行機の話 | 更新情報をチェックする

2007年08月07日

One Six Right

「小説宝石」の飛行機エッセイの原稿を書いていて、アメリカで訓練していたとき、ナイトフライトでハリウッドの近くのヴァンナイス空港に行ったことを思い出した。この空港、ハリウッドセレブもよく使っているはずで、すぐ近くには『ダイハード』の舞台になった高層ビルもある(AirNav.comWikipediaの情報にもリンクしておく)。
確かあのとき、同乗してくれたインストラクターのブランドンが、「この滑走路は映画のタイトルにもなっているんだ」と教えてくれたのだ。
私が降り立ったのはランウェイ34Rで、当時はウェブを検索してみたのだが見つけられずじまいだった。でも今日になって発見。
これがその映画だ。34Rじゃなくて長い滑走路のほう、しかも逆方向からアプローチする16Rだった。なるほど、昼間の離着陸なら確かに16Rだ。
おお、すごく面白そうじゃないか! 続編まで出ている。さっそく本家アマゾンで購入ボタンを押す。
アメリカ人にとってヴァンナイスのランウェイ16Rは、心の故郷のようなものになってるんだろう。

飛行訓練で何度も降り立った滑走路は、やっぱりずっと心に残るものだ。
レッドランズで訓練しているとき、寮で少しの間だけ相部屋になった長谷川俊平さんがウェブサイトをつくっていた。
これがそのサイト。「Take off Runway 26
なんだかRunway 26という響きを口にするだけで、訓練の記憶が蘇ってくる。
posted by 瀬名秀明 at 00:06 | TrackBack(0) | 飛行機の話 | 更新情報をチェックする

2007年03月29日

モロッコで飛んできた

モロッコとモーリタニアへ、18日間の取材旅行に行ってきた。カメラマンの山西智仁さんとふたり旅。すべて自費で捻出。いやあ、面白かった!

モーリタニアではランドクルーザーを駆ってシンゲッティやワダンへ。気分はパリダカです。オレンジがとても美味しいのだ。
モロッコでは現地のエアロクラブに入会し、訓練生としての仮免許を発行してもらい、セスナ172で飛んできた。地元のパイロットに右側に座ってもらい、通信をお願いしたが、操縦はすべてこちらが担当。ジブラルタル海峡のタンジールから海岸線に沿ってアガディールへ、そこからオートアトラス山脈の頂を間近に見ながらマラケシュへ。さらに高度を11500フィートまで上げ、アトラス山脈を越えてワルザザートへ。砂丘で有名なザゴラやメズーガまで飛んだ後は、カスバ街道を東へ辿ってフェズへ。川沿いの緑が美しく、そのあちこちに建っている古いカスバ(城塞)が本当に素晴らしい。
カスバ街道の上空は、ふたつの山脈に挟まれて、高度4000から9000フィートくらいはずっと砂塵で視程が悪い。海岸沿いも、アガディール手前の岬を折れたところから急に砂塵で周りが見えなくなるのだ。『大空のドロテ』の取材旅行だったのだが、やっぱり行ってみないとわからないことがたくさんあるね。これでクライマックスの空中戦は見違えるようになるはず。
2ギガのメモリカード2枚分をたっぷり写真撮影してきた。とりあえずいくつか写真を貼っておこう。

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posted by 瀬名秀明 at 02:15 | TrackBack(0) | 飛行機の話 | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

免許証が来た!

ようやくアメリカから、FAAパイロットの免許証が届いた! 
これまではテンポラリーの紙切れ一枚を渡されたきりだったのだね。
ふつうのクレジットカードと大きさは同じ。表にはジェット機と、ライトフライヤー号の姿が。裏面にはライト兄弟の顔がどどーんと描かれている。
ちょうど今日、学科試験の申請書類を書いていて、まだ免許証が来ないからcertificate numberもかわらなくて面倒だなあ、と悩んでいたのだ。で、帰宅したらポストに入っていた。これで16日までの申請締切に間に合う(日本で乗るためには、この自家用操縦士の学科試験も受けないといけない)。
というわけで、日本でも飛ぶ準備は着々と進行中。今後、講演には自分で飛行機を操縦して乗りつけてゆきたい。
posted by 瀬名秀明 at 00:03 | TrackBack(0) | 飛行機の話 | 更新情報をチェックする

2006年12月12日

Redlands traffics, Cessna-49902

 帰国した。日本ではどこの店に入ってもクリスマスソングが流れていて驚く。
 今回合格した免許の種類は、プライベートパイロットの中でも固定翼単発でVFRといわれるもの。多くの人がセスナといわれたときに思い出す、あの小さな機体を想像してもらえばよい。有視界飛行のみで、雲の中に入ってはいけない。雲の中に入って飛ぶにはIFR(計器飛行)の免許が必要となる。
 俺が留学したのはロスアンゼルスから車で1.5時間ほど東へ行ったRedlandsという町。ここのレッドランズ空港にハンガーを持つM.I.Airというフライトスクール(英語のウェブサイトはこちら。日本語版はこちら)。以前はマサさんという日本人が校長を務めていて、日本からの生徒も積極的に受け容れている。
 まず7月に3週間行って、今回11月から12月にかけて一カ月滞在した。パイロットハウスというか、ふつうの一軒家の一室を貸してくれる寮があって、そこから毎日空港へ通う。教官はすべてアメリカ人で、もちろん訓練もすべて英語。寮では自分で食事をつくる。一カ月も三食自分でつくり続けたのは人生でこれが初めてかも。しかし訓練で疲れて帰ってきて、自分のつくる料理がまずいと悲しくなる。

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 パイロット免許を取りたいと密かに思う人は割といるだろうが、たぶん一番最初に不安に思うのは、どこのスクールを選ぶべきか、そしてどれだけ英語を話せればよいのか、ということだろう。
 スクールは、飛行機関連の知人を見つけて、その人に紹介してもらうのが結局いちばんいい。見つけられない人は、見つけられるように努力するか、その時期が来るまで待っていた方がいいと思う。それからもうひとつ。学校への入学を証明するI-20という書類を出してくれる、そして留学ビザM-1の取得を必須とする、このふたつの手続きをきちんと踏むスクール以外は、どんなに安くても行ってはいけない。違法だからだ。
 英語は、大学卒業くらいの能力があったほうがいいとは思う。しかし管制官とのやりとりは日常会話とも違うので、これは練習して慣れるしかない。最初はUNICOMで密度高度の数字を聞き取るのが精一杯だったけれど、何十回も乗れば自然と聞こえるようになってくる。それよりも、相手のいっていることがよくわからないので適当に推測して行動してしまうのが危ない。そうなると英語の能力というよりコミュニケーションの能力が大事ということになる。
 だとすれば、母国語が英語か日本語かどうかというのは第一の問題点ではない。M.I.Airの現在のプレジデントは、マリヨさんという女性の言語学者。彼女は全世界で基準となる航空英語のあり方を確立しようとしていて、この考え方は日本人を鼓舞するものだと思う。日本でそういうことに関する本が出版できたらいいなと思うので、ぜひ興味をお持ちの出版社はお声掛けいただきたい。

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 私よりも少し前に免許を取った人は、もと某大手メーカーの技術者で、退職して自由になった時間をVFRフライトの愉しみにあてたいといっていた。VFRだから雨の中を急いで飛ぶ必要はない。晴航雨読、晴れた日に退職した団塊世代の仲間と飛んで、雨の日はゆっくり休む。そんなふうにして小旅行を愉しみたいという。
 日本では、どうしても飛行機というと金持ちの道楽だと思われてしまう。実際、日本で飛ぶのは金が掛かる。でも、そうでない楽しみもあるのだ。
 飛行機はとても保守的な業界で、俺が訓練に使っていたセスナ152は何十年も前の機体。飛行機はアメリカで年間2000台しか売れていない。みんな古い飛行機を修理しながらずっと乗っている。
 飛行機に乗るには、だから技術者にならないといけない。エンジンのことを知って、自分でガソリンを入れて、飛行中も常にミクスチャーを調整しないといけない。でも自動車に乗るとき、私たちはいちいちボンネットを開けたりしない。これが飛行機の普及を妨げる一因でもある。

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 訓練を進めてゆくにつれて、少しずつ自分の身体感覚が広がってゆくのが面白かった。夜間のクロスカントリーではVAN NUYSという空港へ行く。ロウズボールのスタジアムやユニバーサルスタジオの上を飛び、ハリウッドヒルに掲げられた「HOLLYWOOD」という文字を眼下に眺める。東へクロスカントリーに出れば、どこまでも砂漠。
 試験に合格した翌日、ソロで見知らぬ空港へ行ってみた。空港のコーヒーを飲んで、夕暮れの光の中を帰ってきた。そのとき初めて、訓練とは無関係に飛ぶことの楽しさを感じたのだった。

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posted by 瀬名秀明 at 15:30 | TrackBack(2) | 飛行機の話 | 更新情報をチェックする

2006年12月07日

FAA pilot!

 本日チェックライドを受け、無事にプライベートパイロットの試験に合格。Temporary Airman Certificateを受け取る。トータルの飛行時間は約87時間だった。
 試験終了後、CFI(インストラクター)のニックと握手!
posted by 瀬名秀明 at 13:24 | TrackBack(0) | 飛行機の話 | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

渡航準備のエントリーは削除した

長期間留守にすると公表することで、空き巣に入られるのではないか心配である、と親族から連絡を受けたので、過去2回のエントリーは削除した。人を不安にさせる記事は慎むべきだろう。作家が一度公開した文書を削除することで、世間から大いなる反感、嘲笑、批判を買うことは容易に想像できるが、それらの反応はすべて受け容れよう。今後も渡航の動向についての報告はウェブサイトでおこなわない。
posted by 瀬名秀明 at 12:53 | TrackBack(0) | 飛行機の話 | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

サンノゼ・ダラス旅行 その4

18日は午前8時からAmerican Flyersで、AさんのCFI免許更新講習。CFIはCertified Flight Instructorの略で、飛行教官の免許のこと。Aさんはこの免許を持っているので、俺に座学を教えることができるのである。
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さて、この日は俺も10:00からセスナ172でのフライト訓練を予約していたのだが、昨日から猛烈な寒気が降りてきて、freezing ice、しかも雲が1000フィート以下に降りて、とてもVFRでは飛べない状態。訓練教官はAmerican Flyersの若い男性にお願いしていたのだが、日銭を稼がなければならない彼らが飛べないというのだから、本当に飛べないのだ。(ちなみにAmerican Flyersでの1時間の訓練費用は200ドル。決して安くはないが、American Flyersは新品のセスナ172を貸してくれる、また教官の質もよいという自負から、この値段を設定しているようだ。Aさんがわざわざここで免許の更新をおこなうのも、そのブランドを信頼してのものである)
そこでフライトは諦め、14:00から筆記試験を受けることにする。この日の朝、Aさんがデニーズでendorsement(この人は筆記試験を受けられますという承認)をフライトログに書いてくれた。私はまだ座学(ground school)を一年間Aさんと続けたのみで、フライト訓練はしていない。だからフライトログはまっさらであった。
俺が使っていたテキストは『Private Pilot Test Prep 2004』【amazon】で、随時『AIM-j(Aeronautical Information Manual Japan)』【amazon】や三澤慶洋『図解でわかる飛行機のすべて』【amazon】などを参照していた。おおむね月一回のペースで、Aさんに事務所に来ていただき、2〜3時間かけて座学をおこなう。1月以降は銀座に安いレンタルスペースを借りた。
プライベート・パイロットの筆記試験は三者択一形式。コンピュータ画面上で答をクリックする。すでに問題は公開されていて、それが『Test Prep』に載っている。この数百問の中から、実際の試験では60題が出され、うち7割を正解すれば合格となる。制限時間は2時間半。
問題そのものは、まあわかりやすいものが多いのだが、まったく飛行機のことを知らない人には何が何だかわからない。最初のうちは航空の専門用語にも戸惑う。もちろん問題はすべて英語で書かれている。Aさんからは、「免許を取ることだけに一生懸命になってしまい、後は気が抜けてしまう人が多い。なるべくゆったりとした気持ちで、一生の趣味にしてほしい」といわれていた。だからそのつもりでのんびりとやってきた。なのでにわかに試験を受けるとなるとちょっと焦る。だが再び渡航する面倒を考えると、やはりここで受験してしまった方がいいと思い直したのだ。
ということで、朝からAmerican Flyersの一室を借りてにわか勉強にいそしむ。やがて予約の時間がやってきて、試験室へ。直前にもうひとり、アメリカの男性が試験を受けに来た。我々は背中合わせでコンピュータのモニタに向かう。
最初のうちはコンピュータの使用法の説明が延々と続く。これだけで15分くらいかかってしまった。肝心の試験は、制限時間いっぱいまで使う。
結果は72点。なんと、合格であった。「2点もエクストラボーナスがあるよ」とAmerican Flyersの人にいわれたが、まさにぎりぎりだったわけである。CFIの教習を終えてきたAさんもびっくりしていた。「でも72点くらいが絶妙なんですよ。点数が高すぎると、口頭試験のときに日本人はあまりしゃべれないから、筆記試験の高得点をかえって疑問視されがち。だからこのくらいのほうが気楽に受けられる」と。
受験費用は90ドル。やや高いが、これはAmerican Flyersが代行しているからで、空港など然るべき場所で受験すればもっと安いだろう。だが座学にかけた金は実質テキスト代くらいのものだし、渡航費用も考えればずいぶんと安上がり。
筆記試験に合格したら、2年以内に実地試験に合格すればよい。さて、ならば今年から、実地訓練を受けてみよう、と思ったのであった。

夜はAさんの知人で、Higher Power Aviationの教官でもあるジョー・モリスと食事。今度はアディソンの「Trail Dust」へ。ジョーは70歳を過ぎていて、第二次大戦や朝鮮戦争でも戦った経験があり、航空の生き字引みたいな人(零戦パイロットの坂井三郎氏も知っていたようだ)。しかしとても日本びいきである。で、テキサスに広大な土地の牧場を持ち、まず家まで道をつくるためにパワーショベルを購入、自分で修理し、しかも家まで自分で建ててしまった。
「パイロットになるには、システムを知ることが大切だ。どうやって飛行機が飛ぶのか、そのシステムを、自分の胸で、心で知ることだ」
「毎日飛ぶことが必要だ。ちょうど頭を毎日使わなければならないのと同じように」
といったジョーの言葉は含蓄に富んでいた。
システムを心で知る、というのは、飛行機に限らずすべてに当てはまるよい言葉だと思う。小説も、感性だけではいけない。論理だけでもいけない。システムを心で知って初めて神髄がわかるようになるのだろう。

その後、モーテルでAさんと飲みながらいろいろ話す。航空と軍事の関係なども。日本のロボットは、いま岐路に立たされている。ソニーもAIBOの生産を中止したが、これでアメリカにロボットも持って行かれるかもしれない。アメリカは日本に車は許したが、航空は決して渡さなかった。
ロボットも軍事目的であれば巨額の予算が投入され、デファクトスタンダードになるだろう。日本はその道を選ばなかった。俺自身、『ロボット学創成』で、軍事に頼らないロボット産業の道をつくろうと書いた。だが結局俺は軍事でない対案を示すことができなかった。日本は軍事以外のロボット産業の道をつくらなければならないはずだが、たぶん難しいだろう。20年後にはすべてアメリカに持って行かれているかもしれない。

もうひとつ、Aさんからうかがってなるほどと思ったことがある。737のtype ratingを受けるような人はどういう人なのかとの問いに、Aさんは冒険をしない人だと答えたのである。飛行機乗りというと、フロンティア精神に溢れた人だというイメージが強い。それはそれで間違いではないだろう。だが737のように客を後ろに乗せているパイロットは、あの雲の中へ入ってみたい、ぎりぎりの性能で飛んでみたい、という欲望を抑えて、いかに揺れずに運行するか、いかにソフトに着陸するか、といったことにより多くの誇りと歓びを感じる人でなければならないというのである。それが制服を着てコクピットに座るべき人の資質だというのである。なるほど、と改めて思った。

19日は一日オフ。朝8時にAさんをAmerican Flyersに送り届け、その後はレンタカーであちこちを見て回ろうと思ったが、ものすごい寒さで高速道路は凍りつき、交通規制がかかっていた。なので近くのGalleriaというデパートに行く。あと、学生からお薦めされていたBlue Bellというアイスクリームを買ってみる。
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20日は13時間かけてダラスから成田へ帰国。ちょうどD/FW空港のロビーで、イラクから帰還した兵士たちを拍手で空軍が迎え入れているところに遭遇した。
というわけでおしまい。
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2006年02月24日

サンノゼ・ダラス旅行 その3

16日は午前10時にAmerican AirlinesのミュージアムであるC. R. Smith Museumへ。D/FW空港のそば、というより空港の敷地内にある?(ここにも情報あり)
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ここの目玉は、外からもよく見える銀色のDC-3!
操縦席は時代を感じさせる。中央に見えるレバーは、いまのコマーシャルエアラインのコクピットと違って、微妙な調整を人間がおこなっていたことを窺わせる。コクピットへの通路の脇にあった通信機器も剥き出しで、たぶんパイロットが自分で修繕したりしたのだろう。いまはかなり自動化されているが、このときはパイロットの経験がものをいっていたわけである。当時は気象レーダーもない。しかも1万フィートくらいまでしか飛べなかったはずだから、雲の中を飛ぶことになる。とうぜん揺れるし、雲の動きを熟知していないといけない。コパイロットの役目は、どういう日にどういう雲が現れるかを頭の中に入れておくことだったろう。
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お昼はマークや訓練生の人たちと一緒にBBQハウスでランチ。木曜会といって、毎週マークがおこなっているらしい。
感心したのは、スタッフの女性がまずマーク用の椅子を少し傾けて、他の人が座らないようにさりげなく指示したこと。俺とAさんの席はその両隣であった。このような気配りが行き届いていて、大人の社会だと思わせるところがある。
訓練生は各国から来ていたが、軍人もいれば民間の旅客機のパイロットもいた。俺のようにつたない英語をしゃべる人間にも、きちんと接してくれる。Aさん曰く、「向こうのパイロットは、決して『あなたは英語がお上手ですね』とはいわない。それは逆にいえば『おまえはATC(航空管制とのやりとり)ができるのか』といっているようなものだから、失礼に当たる」のだそうだ。マークが食事の途中でテーブルの端に座っているパイロットをわざわざ指名し、「この前聞いたあの面白い話を聞かせろ」という。パイロットはそれを受けて、自分のフライトの経験談を話す。こうして各国の航空事情が皆に共有されるという仕組み。
小説に出てくるパイロットはエキセントリックな人が多い。もちろんそういう人もたくさんいるだろう。だがそうでない、大人の魅力に溢れた人もたくさんいる。この多様性をかいま見ることができただけでも嬉しかった。

午後はHiger Powerの建物内にあるボーイング737のモックアップコクピットで、Aさんの教習を見学。フライトするまでの手順を最初からすべて(マニュアルのリストを確認しながら)ひとつひとつおこなってゆく。実際にスイッチを入れてゆくのは、パネルだけの模型とかなり感覚が違う。
アメリカの飛行機は誰でも乗れるようにつくられているが、フランスのエアバスはシークエンス主義。このあたりがお国柄の違いか。ただしエアバスも今後はボーイング式に変えてゆくらしい。人間、慌てると昔習った手順につい戻ってしまいがちで、フランスのような感じだと事故が起きやすいからだとか。

Higer Powerのスタッフのブレンダさんが、なんと『パラサイト・イヴ』のゲームを知っていた。こういうとき、スクウェアにゲーム化していただいてよかったと心から思う。
最後にマークからメダルと737 type ratedのキャップをいただく。メダルはHigher Power Aviationのトップページにあるもの。

夕方は近くのショッピングセンターでぶらぶら。中華料理を買って帰り、夜はモーテルで飲む。

17日はレンタカーでダラスへ移動。
まずはオズワルドがJFKを狙撃した教科書ビルディングのsixth floor museumへ。
実際に窓から狙撃の現場を覗いてみると、木立が視界を邪魔していることがわかる。つまり本当に一瞬のタイミングでなければJFKを撃てなかったはずの場所である。映画『フルメタルジャケット』で、「オズワルドは海軍だった。おまえたちも同じように射撃の名手になれ」と教官がハッパをかけるシーンがあるが、まさに神業に近い。
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昼過ぎに、ダラスの北部に位置するアディソン空港へ。このすぐ横にあるAmerican Flyersに行き、Aさんは明日以降のCFI免許更新の手続きを取る。

それから、近くのCavanaugh Flight Museumへ。
パンフレットを見て、「複葉機StearmanとAT-6 Texanに乗れる!」と書いてあったのでびっくりしながら勇んで見に行ったのだが、複葉機は外気が寒すぎるということで却下、AT-6は操縦士がいまいないということだった。残念。Stearmanのほうはさほど珍しくないようだが、AT-6に乗れるなら250ドルも決して高くない、らしい。次に来たときチャレンジしてみよう。
ここのミュージアムの飛行機は、すべていますぐにでも飛べる状態に整備されているようだ。エンジンの下部にドラム缶の蓋が置かれている。これはエンジンからオイルが漏れ落ちてくるからで、つまりはいつでも飛べる状態になっているということ。
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夜は近くの「Texas de Brazil」というステーキバイキングのレストランへ。とても混んでいたが、食べ放題なので意外と安いかも。
(以下つづく、たぶん)
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2006年02月23日

サンノゼ・ダラス旅行 その2

15日はサンノゼ空港からダラス/フォートワース(D/FW)空港へ移動。途中、レタス畑とおぼしき円形の幾何学模様が果てしなく続いているのを見る。
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ダラス/フォートワース空港は、ダラスとフォートワースの間に位置する大空港。空域はいくつかのクラスに別れているのだが、なかでも巨大空港はClass Bといって、全米でも数カ所にしかない。D/FWはそのうちのひとつで、空港の中央に有料の高速道路が通っている! レンタカーを借りる場所まで、バスで移動する。
到着して驚いたが、何と気温は摂氏25℃。暑い! 

まず我々が向かったのは、「Higher Power Aviation」という訓練学校。Aさんは以前ここでボーイング737のタイプレーティングをおこなった。昨年は1142人の訓練修了生を送り出したというが、社長のマークは数年前に修了したAさんのことをしっかり覚えており、写真を壁に飾っていた。このあたり、アメリカ人の義理堅さに驚く。Aさんは「ダラスにはそういった意味で、アメリカのよいところが残っている」という。素朴だが義理を重んじるいい人たちが多いと。「Higher Power」という社名に宗教臭さを感じる人もいるかもしれない。確かにマークは食事の前に祈りを捧げる信心深い人物だが、「祈ってもいいだろうか」ときちんと皆に了解を得る礼節を忘れない。
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さて、タイプレーティングとは何か。まず旅客機を操縦するには、そのための資格を取得する必要がある。しかしそれだけではだめで、ボーイング737とか747といったように、どのタイプの飛行機を操縦するのか、そのタイプに限定した資格も取らなければならない。Higher Power Aviationでは、このタイプレーティングの資格取得の訓練をするのである。ボーイング737はどちらかというとアメリカ国内を頻繁に往来するような旅客機で、例えばボーイング777になると燃料もたくさん積めるので、ダラス・成田間を飛ぶような航路に適している。

さて、この日はプレジデントのマーク、チェアマンのジョーと共に、「Trail Dust」というステーキ屋へ行った。カントリーミュージックの生演奏もあるが、ネクタイをしている客は「Cut it off!」の掛け声と共にタイをハサミで切られてしまうことで有名(せっかく食事を楽しむのだから、仕事のことなど忘れてしまえ! という意味)。実は以前にダラスに住んでいた東大の学生から、いろいろと食事スポットをお薦めされていて、ここはそのうちのひとつだったのである。なのでしっかり古いタイを用意して、ハサミでちょっきんと切ってもらった。狂牛病など気にせずステーキを満喫。「アメリカではBSEは問題になっていないのか?」と訊くと、「ここはテキサスだよ!」と明快な答が。
ビールは地ビールらしきlone starを注文。ステーキは20オンスのTボーン。柔らかくてぜんぶ平らげた。
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夕食後、マークたちと「ALTEON」という会社へ赴き、ボーイングのフライトシミュレータを拝見する。マークはプレジデントだが経営者なので飛行機の免許は持っていない。ジョーもたぶんヘリの免許しか持っていない。ふたりは近日中にシンガポールでビジネスを始めるので、自分たちでも737のシミュレーションを体験しておきたかった様子。
ここにはボーイング737-200、737-300、737-300(EFIS)、そして82と4種類のコクピットを模したフライトシミュレータがある。このうち300と300(EFIS)(イーフィスと読む。もともとはマクドネル・ダグラスの飛行機だったが、ボーイングに吸収された)を見せてもらった。
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宿泊はHigher PowerのすぐそばのAmeriSuites。そういえば、近くのコンビニで酒を買ったらIDの提出を求められた。いったい幾つに思われたのか。きいてみたら21歳だと。
(以下つづく、たぶん)
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2006年02月22日

サンノゼ・ダラス旅行 その1

2月14日から21日まで、アメリカのサンノゼとダラスに行ってきた。実は昨年からプライベート・パイロットの免許取得のためぼちぼちと座学を進めていたのだが、その座学を教えてくださっている方(仮にAさんとしておく)が免許の書き換えをするというので、一緒についていくことにしたのである。宿泊もごくふつうのモーテルで、しかもAさんの伝手で訓練生料金なので、とっても安上がり。
ということで、つらつらと旅行の記録を書いておくことにする。

初日の14日は、午前9時頃にサンノゼへ到着。アメリカン・エアーに乗ったのだが、なんでも18年間務めた機長がこのフライトを最後に退職するそうで、サンノゼ空港に着いたら消防車が機体にシャワーをかけていた。
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空港を出ると、Aさんのお知り合いのマイクが、奥さんのモニカと共に迎えに来てくれていた。マイクは某オラクル社長のもとで働くパイロット。モニカさんはハンガリーの人で、数年前まではぜんぜん英語がしゃべれなかったそうだが、とっても話し好き。英語ができなかったころ、ロビン・クックの本を読んで、それから英語に取り組むようになったらしい。

マイクの車で、まずはリード・ヒルビュー空港(Reid Hillview)へ。
ここには幾つかの小さな訓練学校などが集まっているのだが、そのうちのひとつであるNICE AIR(英語版サイト日本語版サイト)をAさんから紹介される。海外に行ってプライベートパイロットの免許を取る人は多いのだが、9.11以降ビザがうるさくなった。Aさんが調べたところ、ビザ関係でしっかりした手続きを踏んでくれるのは、ここを含めて全米で3カ所だけとのこと。マイクも以前ここで教官をやっていたらしい。

オーナーのヒロ・タカイさんがまだ戻っていないので、マイクの車でジョンのいる格納庫へ。ジョンは某オラクル社長の自家製飛行機の整備・運営をしている巨漢。で、この格納庫に3機あったのだが、これが俺のような素人でもすごいとわかる代物。このうち2機のコクピットに座らせてもらったが、1機には最新のナビシステムが搭載されており(これだけで数億?)、もう1機は戦闘機を民間用に改造し、しかも2発のジェット機だったのを単発のジェット(サイテーションIIのエンジンだといっていたような気がする)にしてしまったもの。「いったい何のために?」とAさんがあきれ顔できくと、「Just for Fun!」と至極明快な答が返ってくる。すごい人たちだ。
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昼は彼らと一緒に日本料理屋「AYA SUSHI」(韓国人が経営)。ジョンは3人分の寿司をあっさりと平らげる。

午後はリード・ヒルビュー空港に戻り、タカイさんに会って、空港内を案内していただく。この日はめちゃくちゃ暖かく、ほとんど初夏の陽気。滑走路は2本。周りの丘にはほとんど木が生えていないので、この辺りだけは湿気も少なく、晴れた日が多いそうだ。夕方になるとようやく海風で涼しくなってくる。
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プライベート・パイロットの免許は日本国内でも取れるのだが、日本は空港の数も少なく、予約がいっぱいになるので、時間もかかるし総費用もかさむ。そこでこのNICE AIRのような訓練校に来て2か月ほど滞在し、一気に免許を取得する人が多い。NICE AIRには空自の人も来ていた。民間企業への転職のためらしい。
夜はタカイさんと「GOMBEI」という日本料理屋で定食を食べ、いろいろお話をうかがう。みそ汁がちゃんと主食と一緒に出てくる、由緒正しい定食屋であった。

ところで、飛行機の免許を取るなどというと、金持ちの道楽のように思われがちなのだが、実はそんなことはない。サンノゼもそうなのだけれど、たとえばリード・ヒルビューと某オラクル格納庫は別の飛行場にあるのだが、車でたった数十分の距離である。アメリカではそのくらいの範囲に複数の飛行場があるわけだ。決して飛行機は特別な乗り物ではない(マイクがIDカードと暗証番号だけでゲートを開けて、空港内に車を乗り入れてしまったのには驚いたけれど。日本じゃ考えられないらしい)。小型の単発機なら中古で1800万円くらい、それも個人所有ではなくて共有してもいいわけだし、別に旅行先でちょっとレンタルするだけでもいい。いまのところ俺の目標は、フランスからモーリタニアまで小型機で飛ぶことである。サン・テグジュペリのルートでもあるが、『大空のドロテ』のクライマックスシーンでもある。
さて、旅行に出る前日、Aさんからメールが入って、「筆記試験を受けてみませんか? 念のためテキストとログブックを持ってきてください」といわれていたのであった。プライベート・パイロットの免許を取るには、筆記試験をまず受け、それを合格して2年以内に実地試験を合格すればよい。
えーと、どうしよう、と思いつつ、ちょっとは勉強しておこうかという気になったのだが、その夜はすぐに寝てしまった。(以下つづく、たぶん)
posted by 瀬名秀明 at 00:02 | TrackBack(0) | 飛行機の話 | 更新情報をチェックする