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2007年01月15日

皇帝アルセーヌ一世



『戯曲アルセーヌ・ルパン』(論創社)読了。もちろん内容も面白いのだけれど、巻末の住田忠久氏による解説とルパン・シリーズ出版目録が本当に素晴らしい。いやあ、勉強になります。
で、やはり勢いに乗って、以前から自分への宿題だった1914年英訳版『虎の牙』の内容を(ようやく)確認してみた。『虎の牙』の後半で、ルパンの壮大なモーリタニア冒険譚が語られることは周知の通り。これは第一次大戦直後の話でないと意味が通らなくなるのだが、実はこの『虎の牙』、ハリウッドからの要請で執筆された作品で、フランス本国での発表(1920年)よりずいぶん前の1914年にアメリカで先行出版されている。このことをミステリマガジンの記事で初めて知って、慌てて1914年の初版を古書店で求めたという次第。1914年ということは、つまりこの物語は大戦前に書かれていたわけで、どうしてそんなことが成立可能なのか不思議だったのだ。

で、肝心の部分を邦訳とつきあわせてみた。
おお、第一次大戦に関係する部分だけが見事にない。例えば偕成社のアルセーヌ=ルパン全集『虎の牙』上巻P.239に登場する「一九一九年一月四日」という日付、1914年の英訳版だと「4, January, 19__.」となっていて、西暦の下二桁が書かれていない!
下巻で『金三角』や『三十棺桶島』に言及している台詞もない。でも『813』に言及している部分はある。なるほど……。

ルパンがモーリタニアについて語る大切な場面での相違は、おおむね次の通り。偕成社版、とあるのは、全集13巻の『虎の牙』下巻。

偕成社版P.175,L.8-P.177,L.7存在せず。
偕成社版P.178,L.4-6存在せず。
偕成社版P.178,L.14-16存在せず。
偕成社版P.180,L.4-5存在せず。
偕成社版P.181,L.6-16存在せず。「話せ!」とバラングレーはいった。

偕成社版P.182,L.15-P.184,L.11(創元推理文庫版P.465-467)
「つまり、私が囚人であったとき何をしていたのか、何もご存じないのですね?」
「知らない」
「では総理、お話しましょう。それほど時間はかかりません」
 ドン・ルイスは地図に示されているモロッコのある地点を鉛筆で指した。
「7月24日、私はここで囚われの身となりました。私が捕虜になったことは、警視総監だけでなく事の子細を聞きつけた誰もが奇妙に思われたことでしょう。私が待ち伏せされて囚われの身になるほどの愚か者だと驚いたわけです。彼らが驚くのも無理はない。だが捕虜になったのは私自身が慎重に決めたことだったのですよ。
 総理はおそらく憶えておられるでしょうが、……(中略)
 ……それも私の行動の欲求を満たすには不充分でした。
 あの日、はっきりとは意識していませんでしたが、私はいまだよく見えぬ雄大な目標に向かって、やみくもに進み出していたのです。あの日、敵の一団に囲まれた私は、まだ戦えたにもかかわらず、わざと捕虜になったのです。
 話の要点はここです、総理。私は捕虜だったが、自由だった。……(後略)」

偕成社版P197,L.9-P.198,L.16(創元推理文庫版P.479-480)
「説明してくれ。もっと詳しく」
 ドン・ルイスは応じた。
「総理、この数年の間に起こった出来事については、改めてお話しません。フランスは北アフリカ全域の統治というすばらしい夢を追求することを決意して、コンゴの一部を手放さねばなりませんでした。私はその痛手を癒すために、失われたものの30倍にも値するものを差し上げようというのです。あなたが一挙にセネガルまで征服したモロッコの狭い地域と結びつけることによって、広大かつ遠大なる夢がすぐさま現実のものとなるのです。
 いまや、史上最大のフランス領アフリカが存在しているのです。私のおかげで、その地は堅固に、しっかりと連合しています。何百万マイル四方の領地と、いくつかのさほど重要でない飛び地を除いてチュニスからコンゴまで何千マイルも続く長い海岸線がそこにある」
「それは夢の中だけのユートピアではないか」バラングレーは抗議した。
「いや、真実です」

ルパン愛好家の間では周知の事実なのかもしれないが、かなり目から鱗。
もう一度、しっかり当時の政治状況を調べ直してみよう。
posted by 瀬名秀明 at 03:34 | TrackBack(2) | 読んで書く、書いて読む | 更新情報をチェックする
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第一次世界大戦前の「虎の牙」
Excerpt: 瀬名秀明氏が1914年の英訳版「虎の牙(11)」を入手なさったそうで、現状の邦訳
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