今回合格した免許の種類は、プライベートパイロットの中でも固定翼単発でVFRといわれるもの。多くの人がセスナといわれたときに思い出す、あの小さな機体を想像してもらえばよい。有視界飛行のみで、雲の中に入ってはいけない。雲の中に入って飛ぶにはIFR(計器飛行)の免許が必要となる。
俺が留学したのはロスアンゼルスから車で1.5時間ほど東へ行ったRedlandsという町。ここのレッドランズ空港にハンガーを持つM.I.Airというフライトスクール(英語のウェブサイトはこちら。日本語版はこちら)。以前はマサさんという日本人が校長を務めていて、日本からの生徒も積極的に受け容れている。
まず7月に3週間行って、今回11月から12月にかけて一カ月滞在した。パイロットハウスというか、ふつうの一軒家の一室を貸してくれる寮があって、そこから毎日空港へ通う。教官はすべてアメリカ人で、もちろん訓練もすべて英語。寮では自分で食事をつくる。一カ月も三食自分でつくり続けたのは人生でこれが初めてかも。しかし訓練で疲れて帰ってきて、自分のつくる料理がまずいと悲しくなる。
パイロット免許を取りたいと密かに思う人は割といるだろうが、たぶん一番最初に不安に思うのは、どこのスクールを選ぶべきか、そしてどれだけ英語を話せればよいのか、ということだろう。
スクールは、飛行機関連の知人を見つけて、その人に紹介してもらうのが結局いちばんいい。見つけられない人は、見つけられるように努力するか、その時期が来るまで待っていた方がいいと思う。それからもうひとつ。学校への入学を証明するI-20という書類を出してくれる、そして留学ビザM-1の取得を必須とする、このふたつの手続きをきちんと踏むスクール以外は、どんなに安くても行ってはいけない。違法だからだ。
英語は、大学卒業くらいの能力があったほうがいいとは思う。しかし管制官とのやりとりは日常会話とも違うので、これは練習して慣れるしかない。最初はUNICOMで密度高度の数字を聞き取るのが精一杯だったけれど、何十回も乗れば自然と聞こえるようになってくる。それよりも、相手のいっていることがよくわからないので適当に推測して行動してしまうのが危ない。そうなると英語の能力というよりコミュニケーションの能力が大事ということになる。
だとすれば、母国語が英語か日本語かどうかというのは第一の問題点ではない。M.I.Airの現在のプレジデントは、マリヨさんという女性の言語学者。彼女は全世界で基準となる航空英語のあり方を確立しようとしていて、この考え方は日本人を鼓舞するものだと思う。日本でそういうことに関する本が出版できたらいいなと思うので、ぜひ興味をお持ちの出版社はお声掛けいただきたい。
私よりも少し前に免許を取った人は、もと某大手メーカーの技術者で、退職して自由になった時間をVFRフライトの愉しみにあてたいといっていた。VFRだから雨の中を急いで飛ぶ必要はない。晴航雨読、晴れた日に退職した団塊世代の仲間と飛んで、雨の日はゆっくり休む。そんなふうにして小旅行を愉しみたいという。
日本では、どうしても飛行機というと金持ちの道楽だと思われてしまう。実際、日本で飛ぶのは金が掛かる。でも、そうでない楽しみもあるのだ。
飛行機はとても保守的な業界で、俺が訓練に使っていたセスナ152は何十年も前の機体。飛行機はアメリカで年間2000台しか売れていない。みんな古い飛行機を修理しながらずっと乗っている。
飛行機に乗るには、だから技術者にならないといけない。エンジンのことを知って、自分でガソリンを入れて、飛行中も常にミクスチャーを調整しないといけない。でも自動車に乗るとき、私たちはいちいちボンネットを開けたりしない。これが飛行機の普及を妨げる一因でもある。
訓練を進めてゆくにつれて、少しずつ自分の身体感覚が広がってゆくのが面白かった。夜間のクロスカントリーではVAN NUYSという空港へ行く。ロウズボールのスタジアムやユニバーサルスタジオの上を飛び、ハリウッドヒルに掲げられた「HOLLYWOOD」という文字を眼下に眺める。東へクロスカントリーに出れば、どこまでも砂漠。
試験に合格した翌日、ソロで見知らぬ空港へ行ってみた。空港のコーヒーを飲んで、夕暮れの光の中を帰ってきた。そのとき初めて、訓練とは無関係に飛ぶことの楽しさを感じたのだった。
