ということで、つらつらと旅行の記録を書いておくことにする。
初日の14日は、午前9時頃にサンノゼへ到着。アメリカン・エアーに乗ったのだが、なんでも18年間務めた機長がこのフライトを最後に退職するそうで、サンノゼ空港に着いたら消防車が機体にシャワーをかけていた。
空港を出ると、Aさんのお知り合いのマイクが、奥さんのモニカと共に迎えに来てくれていた。マイクは某オラクル社長のもとで働くパイロット。モニカさんはハンガリーの人で、数年前まではぜんぜん英語がしゃべれなかったそうだが、とっても話し好き。英語ができなかったころ、ロビン・クックの本を読んで、それから英語に取り組むようになったらしい。
マイクの車で、まずはリード・ヒルビュー空港(Reid Hillview)へ。
ここには幾つかの小さな訓練学校などが集まっているのだが、そのうちのひとつであるNICE AIR(英語版サイト、日本語版サイト)をAさんから紹介される。海外に行ってプライベートパイロットの免許を取る人は多いのだが、9.11以降ビザがうるさくなった。Aさんが調べたところ、ビザ関係でしっかりした手続きを踏んでくれるのは、ここを含めて全米で3カ所だけとのこと。マイクも以前ここで教官をやっていたらしい。
オーナーのヒロ・タカイさんがまだ戻っていないので、マイクの車でジョンのいる格納庫へ。ジョンは某オラクル社長の自家製飛行機の整備・運営をしている巨漢。で、この格納庫に3機あったのだが、これが俺のような素人でもすごいとわかる代物。このうち2機のコクピットに座らせてもらったが、1機には最新のナビシステムが搭載されており(これだけで数億?)、もう1機は戦闘機を民間用に改造し、しかも2発のジェット機だったのを単発のジェット(サイテーションIIのエンジンだといっていたような気がする)にしてしまったもの。「いったい何のために?」とAさんがあきれ顔できくと、「Just for Fun!」と至極明快な答が返ってくる。すごい人たちだ。
昼は彼らと一緒に日本料理屋「AYA SUSHI」(韓国人が経営)。ジョンは3人分の寿司をあっさりと平らげる。
午後はリード・ヒルビュー空港に戻り、タカイさんに会って、空港内を案内していただく。この日はめちゃくちゃ暖かく、ほとんど初夏の陽気。滑走路は2本。周りの丘にはほとんど木が生えていないので、この辺りだけは湿気も少なく、晴れた日が多いそうだ。夕方になるとようやく海風で涼しくなってくる。
プライベート・パイロットの免許は日本国内でも取れるのだが、日本は空港の数も少なく、予約がいっぱいになるので、時間もかかるし総費用もかさむ。そこでこのNICE AIRのような訓練校に来て2か月ほど滞在し、一気に免許を取得する人が多い。NICE AIRには空自の人も来ていた。民間企業への転職のためらしい。
夜はタカイさんと「GOMBEI」という日本料理屋で定食を食べ、いろいろお話をうかがう。みそ汁がちゃんと主食と一緒に出てくる、由緒正しい定食屋であった。
ところで、飛行機の免許を取るなどというと、金持ちの道楽のように思われがちなのだが、実はそんなことはない。サンノゼもそうなのだけれど、たとえばリード・ヒルビューと某オラクル格納庫は別の飛行場にあるのだが、車でたった数十分の距離である。アメリカではそのくらいの範囲に複数の飛行場があるわけだ。決して飛行機は特別な乗り物ではない(マイクがIDカードと暗証番号だけでゲートを開けて、空港内に車を乗り入れてしまったのには驚いたけれど。日本じゃ考えられないらしい)。小型の単発機なら中古で1800万円くらい、それも個人所有ではなくて共有してもいいわけだし、別に旅行先でちょっとレンタルするだけでもいい。いまのところ俺の目標は、フランスからモーリタニアまで小型機で飛ぶことである。サン・テグジュペリのルートでもあるが、『大空のドロテ』のクライマックスシーンでもある。
さて、旅行に出る前日、Aさんからメールが入って、「筆記試験を受けてみませんか? 念のためテキストとログブックを持ってきてください」といわれていたのであった。プライベート・パイロットの免許を取るには、筆記試験をまず受け、それを合格して2年以内に実地試験を合格すればよい。
えーと、どうしよう、と思いつつ、ちょっとは勉強しておこうかという気になったのだが、その夜はすぐに寝てしまった。(以下つづく、たぶん)
