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2008年08月15日

太田成男先生からの手紙 【水素水その3】

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【関連するエントリー】

→「「活性水素水」と「水素水」はまったく別のものです 【水素水その1】
→「水素水研究の基本を理解するためのリンク集 【水素水その2】
→「水素研究会発足記念シンポジウムの内容公開 【水素水その4】
→「「一般の皆様へ」研究室のスタンスを伝える 【水素水その5】
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瀬名秀明より前書き

 2008.8.11のエントリーを公開した後、日本医科大学大学院・加齢医学研究科の太田成男教授から、メール添付のかたちでお手紙をいただきました。それは長文で、かなりのお時間を取っていただいたのだと思います。
 水素水研究について太田成男教授のスタンスや理念がわかりやすく書かれており、私はその内容に心を動かされました。私は太田教授にメールで返信し、ぜひいただいた文書をウェブで一般公開したいと申し出ました。文書の扱いについては私に任せますとメールにあったのですが、やはり事前に確認しておきたいと感じたからです。一日経って、太田教授からご返信をいただきました。本来であれば自分のウェブページに載せてリンクしていただくのがいいのでしょうが、いまは瀬名さんのブログに載せていただければありがたく思います、とのお返事でした。

 太田教授からのお手紙は、私の2008.8.11のエントリー内容で誤解していた部分の訂正と、水素水研究に対するご自身のスタンス、理念についてのものです。そして研究の現場におけるエピソードも記されています。番外編は瀬名への近況報告だとのことですが、水素水について知りたいと願う多くの人にとっても心に直接届く文章だと感じました。

 私の2008.8.11のエントリーに間違いや深読みのしすぎの部分があったことに対して、読者の皆様と太田教授に心からお詫びします。2008.8.11のエントリーは太田教授に事前の連絡もせず、自分の判断だけで公開した文書でした。それでもこうして太田教授から直接の言葉をいただけたことは本当によかったと思っています。私自身、水素水研究に関して理解が大きく進みました。
 以下に太田成男教授から2008年8月14日の夜にいただいた文書を再掲します。太田教授からは、「説明責任を果たすために研究室のWeb上にも今まで誤解を生じさせている事柄についての解説をのせなくてはならないと考えるようになっています。」「水素研究会(も)早急にHPを立ち上げようと思っています。」とのご連絡をいただいています。今後、太田教授や水素研究会がウェブサイトを起ち上げ、情報を発信するようになったら、この文書は移動や削除をするかもしれません。また太田教授との話し合いによって、今後必要に応じて文書を変更する場合もあります。その点はどうかあらかじめご理解いただければ幸いです。
 いまはこちらに掲載いたします。水素水研究の理解と発展の一助となれば嬉しいです。

 以下、太田成男教授から瀬名秀明への文書(2008.8.14)
 ブログ上で読みやすくするために若干の改行や空白行を入れました。




瀬名NEWS「水素水研究の基本を理解するためのリンク集」ありがとうございます。この記事を補強する意味でのコメントをお送りしたいと思います。

日本医科大学 太田成男

慶應義塾大学の林田健太郎氏が太田教授らと共著で発表した論文。水素ガスの抗酸化作用について、さらに結果を出しています。Nature Medicineの論文を補強する内容だといえます。
Fukuda K, Asoh S, Ishikawa M, Yamamoto Y, Ohsawa I, Ohta S (2007). Inhalation of hydrogen gas suppresses hepatic injury caused by ischemia/reperfusion through reducing oxidative stress. Biochem Biophys Res Commun 28: 670-674.
doi:10.1016/j.bbrc.2007.07.088


 この論文は慶應大学との共同研究ではなく、私の研究室から出した論文です。この論文の第一著者の大学院生のKei-ichi Fukuda(福田慶一)は慶應大学の福田恵一教授と同じ名前なので、よく間違われます。福田恵一教授は、林田さんが第一著者の論文の最終著者となっているからです。

林田氏、太田教授らの共同研究第2弾。ラットの脳梗塞に対する水素ガスの抗酸化ストレス作用を見ています。
Hayashida K, Sano M, Ohsawa I, Shinmura K, Tamaki K, Kimura K et al (2008) Inhalation of hydrogen gas reduces infarct size in the rat model of myocardial ischemiareperfusion injury. Biochem Biophys Res Commun 28: 670-674.
doi:10.1016/j.bbrc.2008.05.165


 したがって、この論文は林田氏、太田教授らの共同研究の最初の論文となります。

 水素水というだけでいかがわしいイメージがついてまわり、太田教授の勤務する日本医科大学ではマイナス水素イオンに関するビラが撒かれるなど、不穏な雰囲気になった時期もあったと聞いています。残念なことだと私は思います。


 「マイナス水素イオン」に関するビラではなく、「マイナスイオン」についての東京都からの消費者に対する注意をうながすビラでした。また、「ビラが撒かれた」というよりは、ある会議の席で、無許可・無断で配布した人がいたというほうが正確です(「ビラが撒かれた」ということと同じことかもしれませんが……)。

もっとも、株式会社ブルー・マーキュリーの水素水が、最初からすべてにおいてスキのないものだったとは思いません。ブルー・マーキュリーを起ち上げた室田渉氏について、丸山甲斐『水素の世紀』(幻冬舎ルネッサンス)という本が詳しく記しています。この本を読むと、室田氏はもともとルルドの「奇跡の水」や九州大学・白畑教授の怪しげな「活性水素」理論に関心を持っていたようで、その興味が飽和水素水をつくる機械の開発への着手に弾みをかけたと思えてきます。


 本をよく読んでいただければわかると思いますが、「室田氏はもともとルルドの「奇跡の水」や九州大学・白畑教授の怪しげな「活性水素」理論に関心を持っていたようで、」という内容の記載は、その本にはないと思います。少なくとも、室田社長は、私に最初に会ったときから「活性水素とは違う」ことを強調していました。私も「『活性水素』に関連する研究をお願いする」と言われたら話も聞かず即座にお断りしたでしょう。また、私と会う以前にも、室田さんが、水素の研究をしてくれる研究者をいろいろな大学を訪ねて探しまわっていた時に、ある方から「白畑教授を紹介しましょうか?」と勧められそうです。その時「とんでもない。」と即座に断ったという武勇伝(?)も聞いています。室田さんが、はじめから水素分子に注目していたのは明らかです。

しかし厳しいことをいうなら、太田教授は水素分子の物理学的な挙動に関しては専門家とはいえません。水素分子の挙動について、工学や物理学の眼力を持つ専門家から、つまり別の視点からのコメントがほしいところです。水素医学を今後発展させてゆくためには、分子生物学者と工学者・物理学者の共同研究が必要でしょう。さまざまな眼力を持つ専門家による、さまざまな言葉が聞きたいのです。そうすることで多くの人は水素医学研究者に対する信頼感と安心感を持つようになるはずです。


 このご意見には全く同感です。同感したことを前提として、生体内の水素分子の研究の深さを示唆するために、私たちの経歴と背景を紹介します。

 私は、理学部化学科を卒業しています。当時は、その理学部に生物化学科もありましたから、純粋に物理化学と有機化学と無機化学からなりたつ化学科です。そして、固体表面の触媒反応機構を主な研究テーマとする研究室で卒業研究を行ないました。この卒業研究で、私は、セシウム有機化合物表面の触媒によって、水素ガスと窒素ガスからアンモニアを合成するなどの研究を行なっています。おもな仕事は真空系の実験装置を作るガラス細工でした。
 大学院は薬学系の「物理化学」の研究室に進みました。分光学と生物物理が二本柱の研究室でした。この間、東京大学医科学研究所や自治医科大学と共同研究で、蛋白質の物性の研究から医学関連とミトコンドリア研究へと入って行きます。蛋白質(蛋白質合成系のEF-TuやATP合成酵素)の構造的ゆらぎを測定するために、蛋白質を重水(D2O)に溶かし込んで、蛋白質内の水素原子(H)と重水素原子(D)が交換して行く様子を赤外線スペクトラムで追跡して、蛋白質の動的構造変化を追求するという方法を用いました。フーリエ変換赤外線分光器(FT-IR)の国内第一号の機械を使っていました。私の美しいFT-IRのスペクトルは日本本分光学会の機関誌にも紹介されたくらいです。

 博士課程ではATP合成酵素の構造変化を対象としました。ATP合成酵素の逆反応はH+輸送ATPaseですから、ここでも水素(H+=プロトン)と関係あったわけです。ATP合成酵素内をH+が通りぬけるのか、H2Oと結合したH3O+(ヒドロニウムイオン)が通るのかなど、分子軌道も含めずいぶん勉強しましたね。
 したがって、今から考えると水素にはずっと縁があったわけです。そして、他の生化学者や分子生物学者と比較すれば格段に物理化学の素養があるといってもいいでしょう。化学科の同級生には、水素分子の物性の専門家もいますし、分子構造を計算によって予測する専門家もいます。また、時々同窓会のようなものも開いていますので、水素に関する知識や反応性の予測など相談できる親しい人がたくさんいるわけです。フリーラジカルを測定するためのESR(電子スピン共鳴)が専門の研究者(現在は、ESR学会会長)も、となりの研究室にいましたから、ラジカル測定についてもいろいろ聞ける状況にあります。

 水素分子の専門の友人と私と室田社長で話をしたことがあります。室田社長が「水素を維持する容器はどんなものがいいでしょう?」と質問すると、一秒後には「アルミニウムしかありません。」との答えが返ってきました。室田社長曰く「水素を維持する容器としてアルミパウチに到達するまでに、我々素人は1年半も費やしたのに、専門家に聞けば一秒ですか? やっぱり大学の知識はすごいなぁ」。この後、室田は自信をもってアルミ缶の製品開発に向かうことになりました。

 次にNature Medicine論文の第一著者の大澤(現在の水素分子医学教授)の経歴にも簡単に触れておきましょう。彼は、工学部の化学工学科を卒業しています。流体力学や分子の拡散速度の計算、溶解論、反応論などについては、彼の友人にたいへんお世話になっています。もし、彼が化学工学科出身でなければ、この研究の本当の意味を理解できなかったでしょうし、この研究をやろうとは思わなかったでしょう。


 今思うに、生体内における水素分子の研究は、化学反応や物性についてのかなりの素養と背景がある研究グループでなければ、おそらくは、なしえなかったものであると思います。生体内の水素研究は物理学に裏打ちされた知識なしには進める事はできないものです。単なる思いつきや想像で仮説をたてて研究をすすめるというような表面的なものではないことを、是非御理解いただきたいと思います。



番外編

 このような私の経歴を話すと、「学部学生の時は気体分子の反応研究で、今何故、老化や病気の研究なのですか?」と必ず聞かれます。普段は面倒くさいので、「ミトコンドリア研究一筋30年」ということにしています。しかし、本当の答えは、
「私の頭の進歩と学問の進歩によって、複雑な老化や行動も分子反応で理解できるようになった。大学生当時は、溶液などの均一系での触媒反応研究が主流で固体表面(不均一系)の触媒反応は複雑な系とされていた。大学院生のころになると生体内で重要な役割をはたす単一ポリペプチド酵素が大量に精製して研究できる対象になった。さらにATP合成酵素のような複雑でエネルギーが共役する酵素も研究対象になった。さらに、オルガネラの形成が分子レベルで解明できるようになった。そして、病気や老化も分子レベルで記載できるようになった。今まで関わってきた研究テーマをただ並べると一貫性がないように思う人が多いのだが、私にとっては、複雑系を分子反応という言葉で語るというだけのことであり、一貫性という点ではあまり違和感がない。今後は、もっとも複雑な老化や認知症という現象に対して、最も単純な分子で立ち向かうことにしたい。集大成の時期に来たのかもしれない。」


 ついでに、筆がすべってきたので、番外編として研究の一コマ、二コマを紹介します。


 Nature Medicineの論文のFig3にはESR(電子スピン共鳴)のスペクトルが載せてあります。レフリーから細胞内のヒドロキシルラジカルの量をESRで測定しろというコメントがきました。文献を調べても、細胞内のヒドロキシルラジカルを測定したという信頼できる論文はありません。無理を要求してくるのが審査員なのだとあきらめて、なんとか対策を講じようと熟考しました。ESRの依頼測定をしてくれる会社を見つけて、そこへ培養細胞系を持ち込んで、ESRを測定することにしました。その会社では、感度をあげるように改良したESR測定機械を開発しており、試料をいれる測定容器も特別の改良型です。
 第一著者の大澤くんとふたりで1日12時間、2日間休みなく働きました。昼も夜もコンビニから弁当を買ってきてもらいました(私も12時間くらいは集中して実験ができる体力があることがわかったのが成果です)。当然のことですが、普通に測定しても細胞内のヒドロキシルラジカルのシグナルは検出できません。オペレータの人は「無理ですね」という意見でした。そこで、私がオペレーターの人に、レスポンス速度からスキャン速度、積算回数までESR測定条件を細かく指示することにしました。試行錯誤して、やっと細胞内ヒドロキシルラジカルを検出し、水素分子によってそれが減少することを確定しました。その会社の人も「医科大の教授が何故こんなにESRの測定に詳しいのか」と、目を丸くしていましたね。

 私たちのNature Medicineの論文を読んだある会社の研究所の方から、
「私たちの研究所でもESRを測定している。こんなにきれいな(ノイズの少ない)スペクトルがとれるはずがない。」
 というクレームがつきました。
「細胞内のヒドロキシルラジカルを測定したというのは本当か?」
 という疑問が呈されたわけです。そこで、
「私はレスポンス速度をさげて時間をかけて測定したのではないのですよ。レスポンス速度を早くして、スキャン速度を10倍にスピードアップして10回測定(積算)して、平均をとったものですよ。10回積算すれば、計算上ルート10分の1、つまり約3分の1にSN比(signal-noise ratio)を低くすることができます。論文にも測定条件と説明が書いてありますからよく読んでくださいね」
 と返答しました。分光学の研究室に所属した経験がなければ、ESRによる細胞内ヒドロキシルラジカルの測定はなしえないことだったでしょう。


 ついでに言えば、ストレスによる認知障害を水素分子が抑制するという論文(Neuropsychopharmacologyの論文)に記載されている内容は、記憶とか学習能力による動物行動ついての実験が主ですので、私たちの専門外です。しかし、論文投稿前に親しいその方面の専門家に論文を読んでもらって厳しいコメントを頂戴し、論文を書き直しています。信頼できる専門家に相談すれば、信頼できる論文にできるというのが私たちの考えです。
 ちなみに、Neuropsychopharmacologyはインパクトファクター6以上で、Pharmacology&Pharmacy領域の世界で200ある学術雑誌のなかのトップ4に位置する雑誌ですので、厳しい審査を経て採択されることは明らかです。特に、私はブルー・マーキュリー社の顧問をしていることを審査員に対しても明記しているので、疑いの目をもってより厳しく審査されたはずです。

 ついでに裏話をしましょう。Neuropsychopharmacologyに、投稿論文がほぼ採択されるという連絡がきました。普通ですと一安心ということなのですが、今回は違っていました。いろいろ考えるうちに不安が募るばかりなのです。ひとつひとつ実験結果とその記録を検証していくと、どう見ても問題がないはずなのですが、何となく不安が解消されません。この論文の影響が大きいことが予測されますので、万が一にも、結果が他の研究室では再現されないとなると大変です。
 そこで、第一著者の大学院生にもう一度同じ実験を繰り返すことを頼みました。論文が採択されてから再試をするということは、今までに例がありません。その大学院生は不満も言わずに、素直にもう一度同じ実験を行なうことに同意してくれました。「もう一度」というのは簡単ですが、実験をやる本人からは、7週間にわたって同じ実験をしなくてはならないわけですからたいへんです。その結果、前と同じ結果がでたので、ほっとした次第です。安心したそのころに、電子版に論文が発表されました。実験は正直です。でも、水素の研究は気苦労が多い。
posted by 瀬名秀明 at 20:10| 読んで書く、書いて読む | 更新情報をチェックする