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webほんのしるべ編集部+瀬名秀明「文系人間のための〈科学本棚〉」

2007年01月29日

拙事務所のポリシー



昨年末に出した『境界知のダイナミズム』、紀伊國屋ブックウェブの「この商品と同じ分野の売れ筋商品を見る」では最近6か月間の販売数で12位、最近1か月では3位。ロングセラーばかりを相手に、地味な本としては健闘。嬉しい。もっと上がれ〜!

なんかこのところ、日々の用務以外では書評用の本と資料の本ばかり読んでいてへろへろである。今日もノーベル賞化学者ミッチェルの伝記をひたすら読んでいた。いわば滑走路の端でブレーキを踏んでフルスロットルに入れ、ショートフィールド・テイクオフ直前の状態か。いや、これから書きまくりますよ! とはいえ、Vxを達成しても、最終的にはVyにしなければリーチが伸びない、つまり原稿は上がらないのだ……。

世間では某番組の捏造問題が取り沙汰されていて、以前にもそんな捏造があったとか、そのときの学者がいまごろ告発して「研究者への信頼が失われる」といっているが、研究者に限らず人はそうやって何度もTV出演での失敗を経験して自衛手段を身につけてゆくのである。しかしそれでも失敗するのであって、そういうときに限って人に叩かれたりするのである。
番組制作会社に指針を要求することは悪くないけれど、それ以前に学者は自分たちで指針をつくったほうがいいと思う。たとえば学会で指針を出してもいいし、大学・学部単位で取り決めておいてもいい。取材を受けるとき、私たちはこのようにしていますというポリシーを公表しておくのだ。取材を受けて失敗するのは、俺の経験上、おおむね他人の損益が絡むときである。大学の宣伝になるから、これに出れば研究費が稼げるかもしれないから、といった理由で人づてに頼まれて出演すると失敗しやすい。

俺自身は次のような基本方針を立てている。
・新聞や雑誌からの取材は、自分の発言部分のゲラを事前に見せてくれと必ず頼む。無理だと言われた場合は辞退する。(記者によって対応は異なるので、その都度自分で先方に尋ねるのがよい。そういったやりとりは、出版社の編集部任せにしてはいけない。トラブルの元になる)
・講演依頼があった場合は、事前に依頼フォーマット(A4の紙一枚)を先方に送り、そこに講演料や交通費の有無、他媒体への転用の可能性(講演録を雑誌に載せるなど)、要旨提出の必要性などを、面倒でも記入してもらう。それをいただいた上で諾否を判断する。後から「要旨を書いて下さい」「講演録の校正をして下さい」といわれると、スケジュールに支障が出て困るからだ。もちろん、講演料の金額では諾否を決定しないことも事前に伝えておく。
・TV出演の場合、許容範囲内での「編集」というものはある。例えば、俺と学生が話をしているところを撮影したい、といわれて、わざわざそのような状況をセッティングすることはある。撮影の角度を変えたいのでもう一度喋ってくれとか。ただ、たとえそういうときでも、必要以上のパフォーマンスは絶対に控えなければならない。またTV番組の場合は、雑誌と違って事前に編集内容をチェックすることはまず不可能。なので事前にディレクターと打ち合わせをして、できるならば台本も見せてもらい、相手が何を撮影するのか把握した上で協力しなければならない。それでも編集権は別の人が持っている場合もあって、ディレクターでも番組の内容が自由にならないときがある。だから少なくともテープが回っているとき、自分の本心ではない言葉は決して喋ってはならない。不要な映像は撮らせないことも大切。事件報道でもない限り、撮影してよいところとだめなところは取材される側が決めてよいのだから、ディレクターのいいなりになる必要はない。出演の諾否を決めるときは、その番組がこれまでどのような放送をしてきたのか事前にチェックしておくのが望ましい(番組のサンプルを事前にビデオで送ってもらうのがよいだろう)。それから、放送後は必ずDVDやビデオテープなどで内容を送付してもらうよう頼んでおく。余談だが、TVから依頼が来ると舞い上がってしまって他人に「放送を見てね」と連絡しまくる人がいるが、TVの放映はさまざまな要因で内容や時間が変更されてしまうのだから、実際に放映されるまでは謙虚にしておくのが得策である。
・俺の場合、作家としての立場と科学者としての立場が明確に区別できないことも多いので、自分の意見とは思えない発言や、確信の持てない発言は控えるようにしている。作家なら放言でしたで済むが、科学者としての立場ならそれは許されないからだ。TVの場合、「番組の構成上ここでこのように発言してほしい」と頼まれることも多いが、あまりに違和感がある場合や、こちらで事実関係を確認できない場合は、できる限りこちらの意見を述べて折衷案を模索し、台本を書き直してもらうよう頼むことにしている。
もちろん信頼できるディレクターもたくさんいる。なので過剰に警戒してもよくない。相手を見て、互いに気持ちよく仕事できるようにするのがいちばんである。
posted by 瀬名秀明 at 03:16 | TrackBack(0) | 読んで書く、書いて読む | 更新情報をチェックする

2007年01月25日

『パラサイト・イヴ』復刊



【新刊】『パラサイト・イヴ』/新潮文庫/2007.2.1/ISBN978-4-10-121434-4/本体743円/「新潮文庫版あとがき」pp.527-560/初刷25,000部 amazon】【bk1】【広告

原稿用紙49枚分のあとがきを書き下ろし収録。1995年当時、『パラサイト・イヴ』がどのように評価されたのか、またそれから12年を経て科学と小説の関係がどのように変化したのかを考察、これから科学者=作家となる人へのエールとした。

posted by 瀬名秀明 at 16:04 | TrackBack(0) | 新刊 | 更新情報をチェックする

2007年01月16日

境界知2

『境界知のダイナミズム』でも紹介した、俳優マイケル・J・フォックスが毎日唱えるという祈りの言葉、
「神様、自分では変えられないことを受け入れる平静さと、自分には変えられることは変える勇気と、そしてその違いがわかるだけの知恵をお与え下さい」
は、カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』にも登場する。
誰がいった言葉なんだろうと疑問に思いつつも調べていなかった。
これが原文らしい(別ヴァージョンもある?)。
posted by 瀬名秀明 at 15:25 | TrackBack(0) | 読んで書く、書いて読む | 更新情報をチェックする

2007年01月15日

皇帝アルセーヌ一世



『戯曲アルセーヌ・ルパン』(論創社)読了。もちろん内容も面白いのだけれど、巻末の住田忠久氏による解説とルパン・シリーズ出版目録が本当に素晴らしい。いやあ、勉強になります。
で、やはり勢いに乗って、以前から自分への宿題だった1914年英訳版『虎の牙』の内容を(ようやく)確認してみた。『虎の牙』の後半で、ルパンの壮大なモーリタニア冒険譚が語られることは周知の通り。これは第一次大戦直後の話でないと意味が通らなくなるのだが、実はこの『虎の牙』、ハリウッドからの要請で執筆された作品で、フランス本国での発表(1920年)よりずいぶん前の1914年にアメリカで先行出版されている。このことをミステリマガジンの記事で初めて知って、慌てて1914年の初版を古書店で求めたという次第。1914年ということは、つまりこの物語は大戦前に書かれていたわけで、どうしてそんなことが成立可能なのか不思議だったのだ。

で、肝心の部分を邦訳とつきあわせてみた。
おお、第一次大戦に関係する部分だけが見事にない。例えば偕成社のアルセーヌ=ルパン全集『虎の牙』上巻P.239に登場する「一九一九年一月四日」という日付、1914年の英訳版だと「4, January, 19__.」となっていて、西暦の下二桁が書かれていない!
下巻で『金三角』や『三十棺桶島』に言及している台詞もない。でも『813』に言及している部分はある。なるほど……。

ルパンがモーリタニアについて語る大切な場面での相違は、おおむね次の通り。偕成社版、とあるのは、全集13巻の『虎の牙』下巻。

偕成社版P.175,L.8-P.177,L.7存在せず。
偕成社版P.178,L.4-6存在せず。
偕成社版P.178,L.14-16存在せず。
偕成社版P.180,L.4-5存在せず。
偕成社版P.181,L.6-16存在せず。「話せ!」とバラングレーはいった。

偕成社版P.182,L.15-P.184,L.11(創元推理文庫版P.465-467)
「つまり、私が囚人であったとき何をしていたのか、何もご存じないのですね?」
「知らない」
「では総理、お話しましょう。それほど時間はかかりません」
 ドン・ルイスは地図に示されているモロッコのある地点を鉛筆で指した。
「7月24日、私はここで囚われの身となりました。私が捕虜になったことは、警視総監だけでなく事の子細を聞きつけた誰もが奇妙に思われたことでしょう。私が待ち伏せされて囚われの身になるほどの愚か者だと驚いたわけです。彼らが驚くのも無理はない。だが捕虜になったのは私自身が慎重に決めたことだったのですよ。
 総理はおそらく憶えておられるでしょうが、……(中略)
 ……それも私の行動の欲求を満たすには不充分でした。
 あの日、はっきりとは意識していませんでしたが、私はいまだよく見えぬ雄大な目標に向かって、やみくもに進み出していたのです。あの日、敵の一団に囲まれた私は、まだ戦えたにもかかわらず、わざと捕虜になったのです。
 話の要点はここです、総理。私は捕虜だったが、自由だった。……(後略)」

偕成社版P197,L.9-P.198,L.16(創元推理文庫版P.479-480)
「説明してくれ。もっと詳しく」
 ドン・ルイスは応じた。
「総理、この数年の間に起こった出来事については、改めてお話しません。フランスは北アフリカ全域の統治というすばらしい夢を追求することを決意して、コンゴの一部を手放さねばなりませんでした。私はその痛手を癒すために、失われたものの30倍にも値するものを差し上げようというのです。あなたが一挙にセネガルまで征服したモロッコの狭い地域と結びつけることによって、広大かつ遠大なる夢がすぐさま現実のものとなるのです。
 いまや、史上最大のフランス領アフリカが存在しているのです。私のおかげで、その地は堅固に、しっかりと連合しています。何百万マイル四方の領地と、いくつかのさほど重要でない飛び地を除いてチュニスからコンゴまで何千マイルも続く長い海岸線がそこにある」
「それは夢の中だけのユートピアではないか」バラングレーは抗議した。
「いや、真実です」

ルパン愛好家の間では周知の事実なのかもしれないが、かなり目から鱗。
もう一度、しっかり当時の政治状況を調べ直してみよう。
posted by 瀬名秀明 at 03:34 | TrackBack(2) | 読んで書く、書いて読む | 更新情報をチェックする

2007年01月05日

You know my name

このところ、まったく年末年始に帰省しなかったので、さすがに今年は帰った。
で、元日は初詣と映画。年のはじめに観るのは、もちろん『カジノ・ロワイヤル』だ!
いやあ、面白いね。新しいボンド役のダニエル・クレイグ、最初のうちはあまりカッコよくないなあと思っていたのだけれど、後半になってどんどん『ドクター・ノオ』のショーン・コネリーそっくりに見えてくるのだからすごい。マティーニを最後まで飲まないあたりとか、脚本もあちこちで小技が利いている。
満足して帰ろうと思ったら、若い女性グループが「なんかいつもの秘密道具が出てこなかった」「途中、タルくて寝たわ」などと話し合っていたのだが、うーむ。今回小道具が出てこないのは、この映画の後に『ドクター・ノオ』が来るからなんだよ! Q(デズモンド・リューウェリンがやってたいつもの*)が出てくるのは2作目からなんだよ! と無駄に力説したくなったのであった。
勢いに乗って、主題歌をウェブでダウンロードして聴きまくり、カビー・ブロッコリの自伝を古本で購入する。さらにその勢いで長篇の仕事をする。
*追記:正確にいうと、『ドクター・ノオ』では別の人が演じていて、まだ役柄もあまり定まっていないのです。
posted by 瀬名秀明 at 23:33 | TrackBack(0) | 読んで書く、書いて読む | 更新情報をチェックする